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高松高等裁判所 昭和35年(ネ)241号 判決 1961年11月11日

控訴人 国

訴訟代理人 大坪憲三 外二名

被控訴人 三好義幸

主文

原判決を取り消す。

本件を松山地方裁判所宇和島支部に差し戻す。

事実

控訴人指定代理人は、原判決を取り消す。被控訴人は別紙目録記載の建物から退去せよ。訴訟費用は、第一、二審分共被控訴人の負担とする、との判決を求めた。

被控訴人及びその訴訟代理人は、当審における最初に為すべき口頭弁論の期日に出頭しなかつたので、控訴状記載の本件控訴を棄却する。訴訟費用は、第一、二審分共控訴人の負担とする、との判決を求める旨の申立を陳述したものとみなす。

当事者双方の主張並びに証拠の提出及認否は、左記の外は原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。(但し、原判決書第二枚目裏終から第五行目に「昭和三十四年十月頃とあるは、「昭和三十四年十月中」の誤記であり、また、同第三枚目表初から第四行目に「同沖野安一」とあるは、「同沖野安市」の誤記と認める。)。

控訴人指定代理人は、当審において、

本件仮処分命令が被控訴人に送達せられた日時は、昭和三四年一〇月一二日であるが、被控訴人はその直後の同月一五日本件建物から退去した。その後同月二〇日本件建物の所有者である訴外松井トクにおいてこれを収去したのである。

本件訴については、いわゆる訴の利益がある。その理由は次のとおりである。即ち、

原判決は、建物よりの退去を求める、いわゆる断行の仮処分において、命令の言渡又は送達によつて命令の内容が実現せられた結果、仮処分の執行を見るに至らなかつた場合は、債務者の任意の退去により訴訟の目的が失われたものとして、本案訴訟遂行の利益は消滅するとされるが、控訴人としては右判旨には承服することができない。けだし、右のような論法には何等の法文上の根拠もないばかりでなく、この場合の訴の利益の有無は、以下のように専ら仮処分執行の特異性と仮処分の暫定的性格を考慮のうえで検討されなければならないと考えるからである。

一、仮処分殊に本件のような仮の地位を定める仮処分の執行は、仮差押の場合とは著しくその趣を異にしている。すなわち、これらの仮処分の内容はきわめて多様であつて、単に観念的な法律状態を形成するだけでその目的を達するため全く執行の余地のないものから、債務者の任意の履行によつて執行をまたず実現され得るものや、更に即時の一回的な執行によつては実現されず反覆執行されなければならないもの等と、執行の態様も一定していない。それ故、仮の地位を定める仮処分において、執行がないから本案訴訟の遂行は許されないと断じることは、もとより許されるところではない。

二、ところで本件仮処分命令は、原判決事実認定のとおり、第一次的には債務者に五日以内の任意の退去を命じ、これが履行されない場合に、第二次的に債権者による執行を許したものである。これは、命令実現の本筋として債務者自らの履行を期待したもので、その効果を挙げるために強制執行の威嚇を加えたものに過ぎないとも解されるのである。

それ故、このような命令を受けた債務者としては、たとえ退去の義務はないと信じ、命令に不服をもつとしても、執行されるよりは自ら退去する方が損害は少いので、債権者の執行をまたず、一まず命令にしたがい退去をしたうえで、上訴、異議、本案訴訟等に自己の主張を持ち越すのが通常であろう。しかし、このように命令に応じたからといつても、所詮は命令に屈した結果、命令が所期のように執行によらず実現されたに過ぎず、その本質は執行による場合と異らないから、純粋の意味における任意ないし自発的な退去とは厳格に区別されなければならない。

本件においても、被控訴人は一応命令に屈することとして、争いを後日に持ち越す意思のあつたことが、原判決事実認定にも充分窺えるのであるから、判示のように本件退去を命令と無関係の任意の退去とすることは当を得たものではない。

三、仮処分は暫定的性格をその本質とする。そこで本件のような断行の仮処分においても、たとえ外見上債権者に満足を与えたかのように見えても、法律上はあくまでも仮の地位たるに止まり、終局においては債権者の本案敗訴による原状回復ないし損害賠償の問題を回避することは許されるところでない。

それ故、本件退去が上叙のように執行と同視されるべきであるとする以上は、それによる結果は法律的には単に暫定的な地位が形成されたに過ぎないというべきであるから、被控訴人としては起訴命令を求め本案判決に勝訴すべき期待を奪われるい.われはなく、反面控訴人としても速かに本案判決を得て原状回復ないし損害賠償義務のないことを確定する利益を有するのである。

本件の場合、被控訴人はその後において本案訴訟遂行の熱意を失つたので、偶々原判決の論旨に同調することとなつたが、もしそうでない場合は、原判決は被控訴人からも極めて不合理なものとして非難されるであろうことを想起しなければならない。

と述べ、被控訴人訴訟代理人は、

本訴請求は、本案前の答弁事由により棄却さるべきである、と述べた。

証拠関係〈省略〉

理由

まず、本件訴の訴の利益の有無につき判断する。

本件においては、控訴人は、被控訴人に本件建物からの現在の退去義務ありとして、被控訴人に右退去を命ずる旨の裁判を求めており、被控訴人は、これを争うていることは、当事者双方の主張により明らかであるから、本件訴は、訴の利益があるというべきである。

原判決は、被控訴人は既に本件建物から任意に退去しているから、本件訴は、訴の利益なしとして、これを却下しているが、右退去に関する問題は、訴の利益に関する問題ではなく、本訴請求の当否に関する問題である。即ち、

およそ、係争物件が存在しなくなつた場合に、若しその不存在の事実が仮処分の執行により仮の履行状態が作り出された後に生じたものであれば、裁判所は、かかる事実を斟酌しないで本案の請求の当否を判断すべきである。なお、仮処分債務者が、仮処分の執行によらないで、仮処分に従つた結果、同様の状態が生じた後にかような事実が生じた場合にも同様に解すべしとの見解もあるであろう。

本件についてこれをみるに、控訴人主張の仮処分申請事件について仮処分命令の発せられたこと及び本件はその事件の本案訴訟事件であることは、当事者間に争のないところであり、右命令の内容は、控訴人主張のとおりであることは、被控訴人において明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなされるのであるか、被控訴人は既に本件建物を退去していること、右退去は、右仮処分命令の執行によるものではないこと及び右退去後において本件建物は存在しなくなつたことも亦、当事者間に争のないところである。それで、原審は、須らく、右不存在の事実を本訴請求の当否の判断に際し斟酌すべきかどうかを判断した上、本訴請求の当否につき判断すべきであつた。

果して然らば、原判決は、不当であるから、これを取り消し、民事訴訟法第三八八条により本件を原裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 横江文幹 安芸修 野田栄一)

目録

愛媛県東宇和郡野村町大字鎌田字エノコ乙番耕地一四四番地第三宅地三一・四七坪地上

木造杉皮葺平家建居宅一棟(家屋番号四二番の二号。建坪一五坪。)。

以上

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